本学の設立理念
近代的ヒューマニズムにのっとり、私達の社会はいつも“すばらしい個”を求め、 イデアとして、その理想的な、“立派な彼”に頼ることばかりを考えてきました。 そして芸術家もまた、この範疇に捕えられる“個”であったこともまた確かです。 一方、こうしたイデアが、一人一人の責任を押しやる場として機能しながら、 結果、イデアそのものへの視線すら欠き、機械的な理想論の持つディレンマに 陥って、いたちごっこに終始してきたことは、歴史的に明白です。このような 旧来のヒューマニズムを越え、不条理に目を開き、人間の持つ矛盾を 隠すことなく、むしろそれをさらに大きく包容する力、これを生命 本来の力と考えることはできないものか──。恐らくそこには、最も地道な 楽天性が、まさに不可欠のものとして横たわっておりましょう。 だとするならば、誰にとっても、第一歩が必要なはずです。
本学は、新しい自己の創造へ向けて、何よりも一人一人が恐れのない パイオニアであらんことを前提をするそのカリキュラムそのものとして、 そして学生・教員といった垣根をとりのぞいた、まずは “人が本当に出会う”場として存在しています。 併設されている水戸芸術館のシンボル・タワー、そこに見る三重螺旋のように、 決して重なり合うことのないもの同士が、にもかかわらず大きなベクトルを 生みださんとするイメージがそこにはあります。既に様々な情報や人間や 社会との関係の中で存在する私達は、それぞれが単独ではあり得ないことは 周知のことでしょう。自立しているというよりは遥かに、お互いに影響しあい ながら存在している以上、そこに他者が求められていることは自明です。 ディスコミュニケーションを装いつつも、尚、共存しているという事実 そのものが既に可能性でないとするならば、共生とはいったい何なのでしょうか。
〔相談〕は未知数です。そこに奥深さとディスカバーがあります。 フロンティアにとって、答えとはあるものではなく、創造し、獲得してゆく もののはずです。“臨床の知”が求められているといえます。本学は、 基本的に自己の意志とは無関係で、しかもまるで予定調和では ない、時に不本意にも思える展開を、それでも際限なく受け入れつつ尚、 同時にそれが創造的であるという、私達の持つ最後の謎めいた 感受性の存在を前提として構想されており、これを基盤に、厳しさと ユーモア、そして深い愛を求めてやまない人材の育成を目指すことを、 その目標としております。いまだことばにならない、全く新しい概念そのものを 創造し得るような、感受性の実験機関なのです。
そのためには、理解よりエクササイズ、普遍より柔軟、 完成よりプロセス、そして真理よりは、むしろそこへのベクトルこそ 重要であると考えます。つまり、《相談芸術大学》は芸術による“人間研究” ではなく、“人間実践”そのものをその建学の精神とする大学です。 そのときこそ、芸術は真に人生の伴侶、すなわち、生きたものとなると 確信するからです。ではみなさん、相談しましょう、そうしましょう。