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ネッタマ 2003年 7&8月号
「ツィンガレーゼ」
おいおい、まいったなあ、担当Y君よ。
タラフ・ドゥ・ハイドゥークスの紹介でえらく力んでお勉強の成果を書いているのはいいんだけれど、
じゃあ僕らがこれまで思い描いていた「ジプシー音楽」って幻想?
そこまで言わないまでもある一面にすぎないってこと?
今回はさ、クラシック音楽における「ジプシー的なるもの」、をちょっと探ってみようと思ったんだけれど、
そうなるとずっと意味が限定されてくるわけだね。
18世紀や19世紀のクラシックの作曲家が「ジプシー音楽」って思い込んでいたのは、
つまりハンガリーのジプシー音楽にほぼ限定されちゃうわけだ。
そうすると、今回のこのコーナー、カッコつきのレポートになるなあ。
つまり「クラシック音楽家が考えた、"ジプシー風音楽" ご紹介!」ってわけだ。
歯切れ悪いなあ。
でもさ、ロマの人たちは移住した先々の土地の音楽をどんどん吸収して自分たちの音楽にしちゃったわけでしょう?
ならばクラシック音楽がいろんな民族音楽を吸収して豊かになっていった歴史も、
それがしばしば誤解に基づく「収奪」であったとしても、あながち前世紀の遺物として否定されなくてもいいんじゃないかと。
ことにここで言う「ジプシー音楽」はクラシック音楽にずいぶんたくさんのインスピレーションを与えてきたわけだし。
で、ロマの人には悪いけれどここではその誤解と差別の歴史も「込み」で "ジプシー" の呼称を多用します。あらかじめご容赦を。
ではさっそく、大作曲家のジプシー風(ツィンガレーゼ)なるものを列挙してみよう。17〜18世紀にかけてもいろいろ例はあるようだけれど、
代表的なところではやっぱりハイドン。
ハイドンが務めていたハンガリーのエステルハージの宮廷では「ジプシー楽士」たちもしばしば演奏していたようで、
ハイドンの音楽にはそれからインスピレーションを受けたと思しき<ツィンガレーゼ>という曲や「アルンガレーゼ(ハンガリー風)」の表記が見られる。
ここで重要なのは「ハンガリー風」と「ジプシー風」の意味が重なっていることで、20世紀に至るまでクラシックの作曲家が陥る「ハンガリーの音楽=ジプシーの音楽」という図式がすでに登場しているということだ。
<ピアノ三重奏曲ト長調>や<ピアノ協奏曲ニ長調>の終楽章が代表的。
モーツァルトやベートーヴェンではあまり思いつかないけれど(これはハンガリー/ジプシー風と言えるかどうかわからないけれど、
ベートーヴェンの<弦楽四重奏曲第15番>の第2楽章中間部はハーディガーディの音が聞こえる民族音楽風だ)、
エステルハージ伯の館に滞在したシューベルトには<ハンガリー風メロディー>というピアノ曲があるし、
有名な弦楽四重奏曲第13番<ロザムンデ>や<アルペッジョーネ・ソナタ>にもハンガリー/ジプシー音楽の影響があるとはよく言われる。
ウェーバーにも<ハンガリー風ロンド>があるが、19世紀のハンガリー/ジプシー好きといえばリストとブラームスという正反対の立場に立つ作曲家2人にとどめをさすというのが面白い。
ハンガリー生まれのリストはご存知<ハンガリー狂詩曲>ほかがあるわけだが、「ハンガリー音楽イコールジプシー音楽」と断じきった元凶でもある。
ブラームスは若い頃ハンガリーのヴァイオリニスト、レメニーと演奏旅行して影響を受けたのか大のハンガリー/ジプシー音楽好き、
その成果は有名な<ハンガリー舞曲集>に結実。
今年のウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートでアーノンクールがワルツやポルカに<ハンガリー舞曲>を混ぜたのは、なかなか暗示的だ。
あとはピアノ四重奏曲第1 番の終楽章も有名。ドヴォジャークにも<ジプシーの歌>がある。
この世紀、小品もいろいろあるが有名なのはドップラーの<ハンガリー田園幻想曲>とサラサーテの<ツィゴイネルワイゼン(ジプシーの曲、の意味)>だろう。
で、こうした「ハンガリー音楽イコールジプシー音楽」という誤解の構図を粉々に打ち砕き、両者は別であることを証明したのが20世紀のバルトークとコダーイによるフィールド・ワークだった。
この経緯およびその研究の意味については、
吉田秀和賞を受賞した伊東信宏氏の著書『バルトーク』に詳しい。
ちなみにラヴェルはバルトークの研究を知っていたらしいが、にもかかわらず「ハンガリー音楽イコールジプシー音楽」という前世紀の構図にあえて乗っかるような<ツィガーヌ>を書いたのはなぜか。
この本ではそのあたりに関する鋭い推理が展開されている。
ほかにもヨハン・シュトラウス<こうもり>における輻輳したレトリックの話とか、上質のミステリーのように面白い。
ご一読をお勧めしますよ。
*吉田秀和賞についての情報はこちらです。
ネッタマ 2003年6月号
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