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水戸室内管弦楽団第46回定期演奏会

過去を現在に蘇らせた指揮者・パイヤール
(水戸芸術館音楽紙 [ヴィーヴォ] 2001年 6月号掲載のインタビュー記事)

昔からのクラシック・ファンの方は懐かしく、若い聴き手の方は「伝説的な名前に興味津々」というところかもしれません。ジャン-フランソワ・パイヤール。20世紀の(こう書くと、ああもう「前世紀」の話なんだなあ、という感じですね…ま、それはともかく)中頃から後半にかけて、母国フランス音楽をはじめとする17〜18世紀のヨーロッパ音楽を次々と蘇らせていった指揮者・音楽学者、パイヤールが水戸室内管弦楽団の指揮台に登場します。

私たちにとってヴィヴァルディの<四季>や、パッヘルベルの<カノン>、あるいはクープランやラモーの作品はもうおなじみの存在ですが、これらは前世紀の前半には一般にはほとんど“バッハ以前”の音楽として十把ひとからげに「珍曲」扱いされていました。CFだろうが映画だろうがそこかしこにバロック音楽があふれかえる現在からは信じられないような話ですが... 。こうしたレパートリーが大ブレイクするきっかけをつくったのが、このころ登場したイ・ムジチ合奏団やミュンヒンガー&シュトゥットガルト室内管弦楽団、そしてパイヤール指揮するパイヤール室内管弦楽団などの小編成の合奏団なのです。

聴いたことがないのにいいメロディがいっぱいで、しかも小気味いいほどリズミカルだったり、ときに現実を忘れさせるほど荘厳で宗教的--。後期ロマン派の自意識で巨大にふくれあがった音楽や、より困難な道へと突き進みつつあったその頃の同時代音楽に少し「引きぎみ」だった聴衆に、小編成の、機動性のいい小型車のようなアンサンブルで聴くバロック音楽は、なんとも新鮮だったに違いありません。かくしてイ・ムジチの<四季>に象徴される一大バロック・ブームが訪れるというわけです。これらのレパートリーにおいてはその後ピリオド楽器(オリジナル楽器、古楽器)による演奏革命が起こるのですが、その先駆けは、彼らによってなされたのでした。

パイヤールはその中でも一番の学者肌として(「フランス古典音楽」という著書もあります)、知られざる(特に自国の)音楽作品の復活に情熱を燃やしました。フランス・ エラート社から続々と出る、瀟洒なジャケットに包まれた彼の新譜は、発売日に即購入するファンもいたという人気でした。特に、 ヴェルサイユ宮殿やシュノンソーの館といった歴史的な名所で「かつて行われたであろう」という仮定のもとに往時の音楽会を一枚のLPの中で再現したシリーズ「空想の音楽会」(原題はChateaux et Cathedrales、つまり「城と教会」)は、プログラミングの面白さ、ライナーノーツの充実ぶり(パイヤールもその多くを執筆している)によって、音楽史の空白を音によって埋めた偉業だと言えるでしょう。

さて、前置きが長くなりましたが、水戸室内管弦楽団第46回定期演奏会にそのパイヤールが客演指揮者として登場します。プログラムは、18世紀と20世紀のフランス音楽を対比させた注目の内容。マエストロはどんなことをやろうとしているのか、そしてどんな人なのか? vivo編集部はe-mailによってマエストロに直接インタビューを行いました。今年70歳のマエストロはパソコンも自在に駆使して元気満々です。

*以下は、矢沢孝樹 水戸芸術館音楽部門主任学芸員によるパイヤールへのインタビューです。



マエストロ・パイヤール、あなたを水戸室内管弦楽団にお招きできてたいへん嬉しく思います。

Q1. まず、先日は、私ども MCOヨーロッパツアーにおけるパリ・ サル・プレイエル公演においでいただき、ありがとうございました。その時のMCOの印象はいかがでしたか?

パイヤール(以下P): とても強い印象を受けました! あんなに正確で、生き生きとして、しかも色彩的な響きは、めったに聴けません。どの音楽家も一流の奏者ばかりですし、そのことは、曲によって第2ヴァイオリンの奏者が第1ヴァイオリンになったり、ヴィオラの首席奏者が一番後ろに座ったりすることからも、聴衆によく伝わりました。マエストロ小澤のたゆまぬエネルギーにも深く敬服します。この最高の団体を、マエストロ小澤の後で指揮するというのは、大きな喜びであり--同時に大きな挑戦です。

Q2. マエストロのこれまでのご活動について、質問させて下さい。プロフィールを拝見すると、マエストロははじめに ソルボンヌ大学で数学を学ばれています。もちろん古代ギリシャの時代から、本来数学と音楽は互いに深く結びついた学問であったわけですが、20世紀という、学問の専門領域が細分化した時代に、数学から音楽へとシフトされていったことはたいへん興味深く、また勇気の要ることであったのではと思います。それまでマエストロは、どのような形で音楽に関わられていたのか、また数学から音楽へと活動の舞台を移したのはなぜか、お聞かせください。

P: 若くて、人生のさまざまなものに心を奪われているときには、現実生活の中で進むべき道をすぐに見つけるというのは易しいことではありませんし、しばしば周囲の環境がそれを左右します。幼い頃から私は音楽に魅了されていましたが、第2次大戦中、家族と私は西フランスに疎開しており、パリ音楽院で学ぶことができませんでした。戦争が終ると、人は私に言ったものです。「音楽家になるにはもう遅すぎるよ!」…でも私は指揮者になったというわけです!

Q3. 驚くことにマエストロは今でも科学者であり、天文学者であられる。まるでルネサンス人のような幅広い思考の広がりを、どうやって可能にされたのでしょう?

P: 私たちの短い人生には、魅力的なことがなんとたくさんあることでしょう!若い頃は、私は飛行機の操縦士や登山家にもなりたかったのですよ。で、今や私はふたたび水夫となっているのですが(3年前には、喜望峰を回る航海をしました)。しかし、天文学こそはもっともすばらしい人間的活動だと思うのは真実です。私はソルボンヌ大学でりっぱな天文学者たちと共に学びましたし、彼らとは今でも連絡をとりあっています。親切なことに彼らは、パリの天文台のコンピューター・サーバに私の天文学プログラム(ftp://ftp.bdl.fr/pub/misc/invited/NTastro)を載せてくれたのですよ…。もちろん私はコンピューターも大好きなのです!

Q4. マエストロが、ご自身の演奏、またご著作である「フランス古典音楽」を通じ、フランス古典音楽を復活させる大きな役割を果たしたのは有名ですが、それまであまりとりあげられなかったこれらの音楽に興味を持たれたきっかけはなんでしたか。また、マエストロが感じるその音楽の魅力についてお聞かせください。
P: フランス古典音楽の世界にはバッハやヴィヴァルディのような有名な作曲家はいませんが、ラモーやルクレールのような第一級の音楽家がいます。彼らは、無視されるには惜しい、高度に独創的で、創造的で、新鮮な音楽を生み出しました。私は、こうした音楽を図書館からコンサートホールへと再び連れ出すことに貢献できて、とても嬉しく思っています。

Q5. パイヤール室内管弦楽団の創設当時、多くの聴衆にとって17世紀から18世紀の音楽はそれほどなじみの深いものではなかったと思います。マエストロが紹介するこれらの音楽に対する彼らの反応はいかがでしたか。

P: 1950年代、室内管弦楽団は聴衆にとって身近な存在ではありませんでした。その数年前には、バッハの管弦楽組曲を100人で演奏するような状況だったのです! 音楽学からは、古典派の管弦楽団はずっと小さく、小さなグループこそその当時の音楽を正確に演奏する唯一の方法だ、ということがわかります。この考え方は、古典音楽の解釈に劇的な変化をもたらし、ただちに注目すべき成功をおさめたのです。考えてもみてください、その当時ヴィヴァルディの〈四季〉を知っている人などほとんどいなかったのですよ!

Q6. パイヤール室内管弦楽団が残した数多くの録音のうち、あなたにとって特に思い出深いものについてお話いただければと思います。たとえば「空想の音楽会」シリーズなど、その企画性と演奏のすばらしさ、マエストロご自身が筆をとられたライナーノーツの充実など、私たちにはとても印象深いのですが。

P: とてもたくさんの作品を録音したので、どれが私にとってもっとも重要か、を言うことはできません。ほんのいくつか挙げるなら、まずラモーのオペラ〈優雅なインド人〉全曲盤。もはや入手困難なのが残念ですが。もうひとつのすばらしい思い出は、ロンドンでイギリス室内管弦楽団と録音したモーツァルトの後期交響曲集ですね。
「空想の音楽会」は、私のアイディアではないのです。このシリーズは、40年間にわたってエラート・レーベルのすばらしいアーティスティック・ディレクターだった、故ミシェル・ガルサンの発案によるものです。もちろん、私はこのコレクションに大いに協力しました。図書館でたくさんの時間を費やして、有名な建造物で演奏された作品のオリジナル・スコアを発見し、マイクロフィルムを入手し、スコアを集め…こうした何箇月もの準備期間を経て、ようやく録音したというわけです。


Q7. パイヤール室内管弦楽団が活発化していった60〜70年代、ピリオド楽器による演奏も頭角を現しつつありました。こうした動きについてはどう思われていましたか。たとえばご自分のグループに取り入れてゆこう、というようなことは?

P: 非常にたくさんの方から、バロック音楽解釈の最新の傾向について尋ねられます。50年代において、私は18世紀の総譜や文献をヨーロッパの図書館で広範囲にわたって調べた一人です。そして私は、人々が徐々にこの音楽の様式に関心を持つようになったことを見ることができて、幸せに思います。しかし最近の演奏傾向の大部分は私には、真に正統的なものというよりは流行りのスタイルに思えます。この時代の資料から、行き過ぎた正当化の試みが導き出されるとは、私には思えません。それ以上に、私にとって一番大事なのは、歴史を作ることではない。私たちは、博物館に住んでいるわけではないのです。ヴィヴァルディが好まれるのは、3世紀前に彼が生きていたからではなく、その音楽が今も私たちにとって生き生きと、新鮮に響くからです。

Q8. 今回のプログラムは、18世紀フランスの古典主義音楽と20世紀の新古典主義的な作品を対比させたたいへん興味深い内容です。プログラムのねらいについて、お聞かせください。

P: このプログラムを組むにあたって私が考えたのは、できる限りの多様性をもって、フランス音楽の広大なパノラマを視界におさめることです。〈優雅なインドの国々〉の色彩的な舞曲と、ルクレールの途方もなく輝かしいヴァイオリン協奏曲は、18世紀フランス音楽のかっこうの代表例でしょう。演奏会の第2部はまったく違って、20世紀のそれぞれ対照的な作品が演奏されます。ファリャは実際にはフランス人ではなくスペイン人ですが、2つの世界大戦の間、ピレネー山脈の両側の作曲家たちの間には、絶えることのない接触があったのです。このざらついた、暗い作品の後には、微笑むようなドビュッシーの小組曲が対照をなします。オネゲルの作品は、演奏会であまりにも取り上げられなさすぎるように、私は思います。この力強い作品は、第2次大戦中 (1942年)に書かれ、この時代の悲劇的な雰囲気の内に始まります。しかし最後は、トランペットが奏する輝かしいコラールの光がさしこむ中で終ります。

Q9. MCOを初めて指揮されるにあたり、水戸の聴衆の方々へのメッセージをお願いします。

P: こんなにすばらしいオーケストラを指揮することができて光栄に思います。皆様とかけがえのない瞬間を分かち合えますよう。



さてこのインタビューの中で、パイヤールは一度も「バロック音楽」という言葉を使っていないことにお気づきでしょうか。「ゆがんだ真珠」を意味する「バロック」という言葉、それが意味する形式を、パイヤールは自国の音楽を表現するにはふさわしくないと退けているのです--「ヴェルサイユ宮は、バロック風な部分で形作られているが、茂みの石組みが、ルノートルが作った庭園の秩序を乱しているであろうか。たとえ、時たま山向こうの(編集部注: イタリアのこと)衣裳を纏っているからといって、フランスの音楽家を他の国の音楽家と区別するもの、つまり『古典主義に対する彼等の意志』を感じないわけにはいかない。(『フランス古典音楽』序文から)」。自国の音楽文化への、誇りに満ちた宣言ですね。 パイヤールは、「バロック音楽」はイタリアやドイツのものと考えているのです。そんなパイヤールがMCOとの共同作業を通じ、2つの世紀をまたにかけたプログラムでお届けするフランス音楽の数々。その「古典主義」に裏づけられた、明晰で感性をここちよく刺激する音楽たちに、ぜひとも会場で出あっていただきたいと思います。



ジャン-フランソワ・パイヤール(指揮)

1928年生。ソルボンヌ大学の数学科を卒業後、パリ音楽院でノルベール・デュフルクに音楽理論を、 ザルツブルク・モーツァルテウム音楽院で指揮をイーゴル・マルケーヴィチに師事。 そのかたわら、ヨーロッパの音楽図書館を訪ねて忘れられた17-18世紀の傑作を数多く発掘した。 53年にはこうしたレパートリー、中でもフランスの古典音楽をレパートリーの中心に置く、 ジャン-マリ・ルクレール器楽合奏団を創設。 59年にはジャン-フランソワ・パイヤール室内管弦楽団と改称。 以後、同楽団は世界各国で活発な演奏活動を行い、そのレコードは数多くの受賞の栄誉に浴している。 パイヤールは同楽団のほか、ザール室内管弦楽団、イ・ソリスティ・ヴェネティ、イギリス室内管弦楽団、 セントルイス交響楽団、ロサンジェルス室内管弦楽団、オタワ交響楽団などを指揮している。 また日本でも大阪フィル、九州交響楽団、オーケストラ・アンサンブル金沢、日本フィル、広島交響楽団、 東京シティ・フィル、センチュリー交響楽団、名古屋フィル、東京都交響楽団などを指揮している。
パイヤールは執筆活動も積極的に行い、『フランス古典音楽』(クセジュ文庫、 白水社刊)をはじめ、 多くのエッセイを発表している。 また音楽以外にもさまざまな分野に造詣が深く、科学の学位を持ち、今も天体物理学に熱中しているという。




協賛: 第一製薬株式会社(財)げんでん ふれあい茨城財団

協力: 全日本空輸株式会社




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