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ミト・デラルコ 使用楽器メモ
解説:ドミトリー・バディアロフ (ヴァイオリニスト、
ミト・デラルコ メンバー)
ヴァイオリン(寺神戸 亮)
カルロ・フェルディナンド・ランドルフィ1772年の作。
製作者にとって最後期の作のひとつ。
ランドルフィは有名なテストーレの弟子で、ミラノ派の代表的存在。
ミラノ派の典型的特徴である粗い木目の材料にブラウンオレンジのニスが塗られている。
ヴァイオリンの背のパーフリング(ふち飾り)は本物ではなく、パーフリングを模して引かれた2本のインクの線である。
おそらく寄る年波のせいで、製作者の手と目は背にパーフリングを切るという難しい作業を行い得なかったのだろう。
ひとたびモダン・ヴァイオリンに改造されているが、今やこの楽器はオリジナルに近い状態に復元されている。
構造的にはむしろロマンティック(訳注:ロマン派タイプの)・ヴァイオリンだ。
ランドルフィの働いた街ミラノは、18世紀から19世紀への変わり目において、ヴァイオリンを近代的に改造する重要な拠点となっていた。
ヴァイオリン(ドミトリー・バディアロフ)
古き心を持つ製作者ドミトリー・バディアロフが、1782年イタリアで出版されたアントニオ・バガテッラの古き心の製作法に基づいて1999年12月に作ったロマンティック・ヴァイオリン。
同じ製作者が1800年代のパリの流儀にならい、1999年12月に近代的な改造を行っている。
これは、より近代的な心を持つ演奏者(つまり僕)の要求に応じたものだ。
ヴィオラ(森田芳子)
イギリスのエドワード・パンフィロン1669年の作。
バロック・ヴィオラの胴体をしているのは当然だが、1600年代末の楽器にしてはずいぶん小さい。
あらゆるバロックの楽器がロマン派時代に改造されたように、このヴィオラもまた近代的改造を免れ得なかった。
ネック(棹)はオリジナルのものではない。それは後ろに傾けられ、本体内のブロックにほぞを切って組み入れられている。
ほぞを切ってネックを取り付ける流行は1800年頃始まった。
もうひとつの本質的な変更は、裏板に影響を与えた。
バロック楽器の響板は通常、きわめて厚い。
膨大な文献が、多くの楽器の板が響きの変化に応じて薄くされたことを証明している。
それゆえ、板の厚さはおそらくバロック期のものではなく、むしろロマン期のものだ。
チェロ(鈴木秀美)
バルト・フィッサーが1998年、グァダニーニ1759年の作をモデルに製作したチェロ。
オリジナル・モデルはロマンティックではないが、これはクラシック〜ロマンティックに近い仕様がなされている。
ジョヴァンニ・バッティスタ・グァダニーニはその生涯を通じ、バロックの衰退と古典派の開花、ロマンティシズムの誕生の証人でありつづけた。
その人生の最後の四分の一において、彼は楽器製作にロマン派のテクニックを用いる最初の製作者の一人となった。
コジモ・ディ・サラブーエ伯爵の遺品に従い、彼は著名な楽器改造者・修理者となった(訳注:これは、パトロンであったサラブーエ伯爵の遺品であるストラディヴァリウスの楽器に強く刺激され、その製作スタイルを大きく変えたことを指している)。
どの楽器も、銀線を巻いた低弦以外はすべて裸ガットを張っている。
弓
4人の弓はフランソワ・トゥルトのモデル(訳注:18-19世紀に活躍した弓の製作者、トゥルトがつくった近代的な弓)ではなく、早くは1770年代に姿を現したもの。
弓の型は1770年代後半から1800年代初期の特徴を示す。
これらはフランソワ・トゥルトのものほど近代的ではなく、それゆえ古典派後期から初期ロマン派の音楽様式には最適である。
(訳:水戸芸術館音楽部門学芸員 矢沢孝樹)
Baroque Violin and Viola da braccio research & reconstruction site by Dmitry Badiarov
http://www.violadabraccio.com/
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