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リナルド・アレッサンドリーニ オルガン・リサイタル (2001年5月31日)

プログラム・ノート 〜バロック・オルガンの旅


Amsterdam

旅はオランダ(ネーデルラント)、アムステルダムから始まります。スペインの支配から独立するための80年戦争の時代を生きた、ヤン・ピーテルスゾーン・スヴェーリンク(1562-1621)。アムステルダムの旧教会のオルガニストを務めた彼は、教会が改革派に転じ礼拝にオルガンが使えなくなったため、毎日2回、市民のために演奏を行いました(芸術館のプロムナード・コンサートのようですね)。その演奏は国境を超えた名声を博し、門下からはシャイトやシャイデマンのような、優秀な弟子が巣立ってゆきました。彼らはバッハへと連なる北ドイツのオルガン楽派を形成することになります。

ルネサンスからバロックへの転換期を生きたスヴェーリンク。古風な教会旋法と近代的な調性の間をゆききするその音楽の硬質な魅力は、<半音階的ファンタジア>などの傑作で存分に味わうことができますが、ここでは楽しい<大公の舞踏会>を。イタリアの舞曲にもとづく変奏曲です。


Roma / Napoli

さて舞台はほぼ同時代のイタリアへ。ローマのサン・ピエトロ教会では、弱冠25歳で教会オルガニストに就任したフェラーラ生まれの天才音楽家、ジローラモ・フレスコバルディ(1583-1643)が活躍していました。彼もまたバロック初期の比類なき影響力を持った鍵盤音楽家として、スヴェーリンクと好一対の存在と言えるでしょう。やはりその演奏で多くの聴衆を魅了し、フローベルガーやムッファトら多くのドイツの音楽家たちが彼を規範としました(バッハもその曲集<音楽の花束>を筆写しています)。彼の音楽は厳格でときに即興的、身ぶり大きなアフェクト(情感)を備えた、まさにバロック的なもの。ここでは教会の典礼に用いられることを意図した<聖体奉挙のためのトッカータ>(1627年に出版された<トッカータ集第2巻>から。チラシ等で<音楽の花束>から、と書いていましたが、別の曲集からの同名曲のセレクトでした。お詫びして訂正します)を。ヴォクス・フマーナ(人間の声)管の震える音色を用いた神秘的なサウンド、ここちよい不協和音(!)がききものです。

時代を少し下って、ついでに場所も南下して、18世紀初頭のナポリに着きました。宮廷の出し物として、サン・バルトロメーオ劇場の目玉演目として、ひっきりなしに上演されていたのはアレッサンドロ・スカルラッティ(1660-1725)のオペラやカンタータ。「ナポリ派オペラの開祖」として有名なこの巨匠、しかし浮き沈みの激しい舞台の世界に疲れることもあったのか、わずかながら器楽作品も残しています。息子ドメニコのソナタ(後述)があまりに有名なため影に隠れている鍵盤作品も、無視されるべきものではありません。フレスコバルディの衣鉢をうけつぐいくつものトッカータは、トッカータの語源が"toccare(触れる)"であることを思い起こさせる鮮やかなヴィルトゥオジティと、各部分のダイナミックな対照が魅力です。バッハのチェンバロ用トッカータなどへの影響も見逃せません。今日はイ短調の作品を。


Valencia / Lisbon / Madrid

また時代を溯り、今度はスペイン、バレンシアへ。バレンシア大聖堂のオルガニスト、フアン・バウティスタ・ホセ・カバニーリェス(1644-1712)の登場です。16-17世紀にかけてのスペインは、カベソン、アラウホ、コエーリョらのなどのすぐれた音楽家を輩出しましたが、彼らのオルガン音楽は他の国のものと一線を画する独特なものです。がっちりした対位法で書かれた作品(ことに「ティエント」という曲種が有名)は保守的なルネサンスの様式をとどめていますが、その中にはエル・グレコの画のようなほの暗い情熱の炎がゆらめきます。カバニーリェスの作品からは、低声部の主題がくりかえされる変奏曲である<第一旋法によるパサカーリェ(パッサカーリャ)>を聴きましょう。

イタリアとイベリア半島をつなぐ音楽家、ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)を、アレッサンドリーニは前半の最後に登場させます。前述アレッサンドロの息子としてナポリに生まれ、ポルトガルの王女(のちにスペイン王妃)マリア・バルバラに従ってリスボン、マドリードと移り住んだ遍歴の音楽家。彼の名をなんといっても不朽にしているのは通称「555曲」(実際にはもっとある)の鍵盤ソナタ。ほとんど単一楽章で二部形式なのに、花火のようにめざましい技巧的な小品からメランコリックな歌まで、きりのないほど豊かなファンタジーの連続。チェンバロやピアノで演奏されることが一般的なこれらのソナタを、今日は珍しくもオルガンで。2声がゆったりからむロ短調ソナタと、半音階の主題が印象的な4声のフーガのハ短調ソナタ。


Paris

後半はまず、ヴェルサイユ楽派華やかなりしフランスへ。フランソワ・クープラン(1668-1733)の<小教区用オルガン・ミサ曲>です。瀟洒なタイトルを持つクラヴサン曲の印象が強いクープラン、しかし王室礼拝堂のオルガニストとしても令名をはせたことを忘れるわけにはいきません。オルガン・ミサはフランス独特のジャンルで、聖歌隊が歌うグレゴリオ聖歌と交替で演奏される楽曲です。22歳の時に作曲されたこのミサ曲(彼のオルガン・ミサとしてはもうひとつ、規模の小さい「修道院用」があります)から今日はグローリア(栄光あれ)の抜粋を。面白いことに、オルガンの音色の組み合わせ(レジストレーション)がそのままタイトルになっています。「クロモルヌ」(クルムホルン)や「トランペット」はそれぞれの名が示す管楽器の音色を模した管の意味。「プラン・ジュ」はプリンツィパル(主要音)系の管を組み合せた華やかな音色、「グラン・ジュ」はリード管を混ぜたきわめてフランス的な音色のブレンド、といった具合です。


Leipzig / Lüneburg / and ...

バロック・オルガン音楽の旅は、ついにドイツのヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)にたどり着きました。ここまでしばしばバッハの名が出てきたことからも予想されるように、バッハのオルガン音楽の中には、バロックのさまざまな潮流が流れこみ、偉大な集成を成しとげています。膨大なその作品の中からアレッサンドリーニは、プロテスタントとしてのバッハの精神をもっとも強く感じさせてくれるコラール(賛美歌に基づくオルガン曲)を選びました。さらに凝ったことに、まず彼は同じ旋律に基づく3種のコラールを並べています。<いと高きところでは、神にのみ栄光あれ>がそれです。BWV711はバッハの死後編集された<キルンベルガー・コラール集>に収められたもの(偽作の疑いあり)。2声の曲で、伴奏声部に導かれて定旋律が登場。BWV717は単独作品として伝承されたコラールで、3声の曲。定旋律は最上声部に。BWV675は1739年(ライプツィヒ時代)に出版された<クラヴィーア練習曲集第3部>収録作。アルトに出る定旋律を、2声が上下から取りかこみ飾りたてます。どの曲も「いと高きところの神」の周りを舞う天使のような、きらきらした伴奏声部が印象的。

最後にバッハ若き日(リューネブルク時代、推定15-17歳頃の作曲!)の傑作コラール・パルティータ(コラールを主題とする変奏曲)、<おお神よ、汝まことなる神よ>が演奏されます。変奏曲で始まった演奏会は、最後の曲も変奏曲です。9節からなる賛美歌と同じ9つの部分からなる作品は、まず第1節で「わたしたちすべての源である神」をたたえ、死や苦難からの救いを願う祈りを各変奏にこめつつ厳粛に進み、「死」を暗示する半音階を響かせる第8節を経て、力強い「復活」の第9節で幕を閉じます。旅は、私たちの心の深い場所に錨をおろして終わるのです。


水戸芸術館音楽部門主任学芸員 矢沢孝樹



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