コンサートホールへの案内 --- 磯崎新
季刊 水戸芸術館 1989年 夏 より
〒310-0063 茨城県 水戸市五軒町1ー6ー8
Mail to: webstaff@arttowermito.or.jp
TEL: (029)227-8111 / Fax: (029)227-8110


アリ−ナ形式と音響について


音楽ホ−ルに関しては、私はこれまで二つ小屋をつくってきました。一つは「ノヴァ・ホ−ル」という、つくばセンタ−ビルの中にあるもの。もう一つは「カザルス・ホ−ル」という、お茶の水スクウェアにあるものです。この二つは前者が約1000、後者が約500席で、大小ちょっと差がありますけれども、同じコンセプトでやっておりまして、どちらも長方形の空間です。この長方形のホ−ルのモデルになったのは、ウィ−ンに「ムジ−ク・フェライン」という劇場がありますが、そこの長方形のプランを原形にしてきたものだというふうにいっていいと思うのです。ウィ−ンのは2000弱入るもので、もうちょっと大きいわけですが、世界で一番いい音響特性をもっているホ−ルだというふうにいわれています。

それを手がかりにやったのですが、水戸ではもう一つ違ったタイプのものを考えていまして、この形式というのは、どちらかというと、ベルリン・フィルハ−モニ−で考えられている、ちょうどアリ−ナ形式と呼ばれているもの、日本では「サントリ−・ホ−ル」が若干それに近づいていますけれども、そのタイプが原形になっていて、観客席の数は700くらいですから、中の小ぐらいのホ−ルですね。

基本的には500以下だと室内楽という形になりますけれども、700ぐらいだと小編成のオ−ケストラも入れられるというぐらいの感じですから、小ホ−ルともいえない、音楽ホ−ルとしては中ホ−ルなのでしょうね。そういう形式で、楽器の編成も、つまりフルオ−ケストラというのはちょっと無理だけれども、小編成のオ−ケストラはできる。それからそのほかのあらゆる室内楽に相当するものは、もちろん全部できるというようなスケ−ルのものですね。

このプランは、ちょうど手のひらを広げたようなプランをしています。そしてその手のひらの真ん中が舞台になっていて、指の方角に観客席が広がっている。そして舞台の裏側にも観客がまわり込めるし、かつそれをコ−ラス席に置き換えることもできるという仕組みになっていて、中ホ−ルなのだけれども、大ホ−ル的な気分を出せるような、そういタイプのものになるのではないかと思います。

そこでかなり特徴的なことは、ホ−ルの中に入ると、壁からちょっと離れて大きな柱が三本立っています。この三本の柱で大きい屋根を全部支えています。この柱はもちろん座席の邪魔になるということはないのですけれども、手のひらを広げた形の観客席のちょうど指の付け根くらいのところに二本立っていて、さらにもう一本の柱が舞台の真後ろにも立っている。その三本が大きい天井を支えているのです。そうして、その天井の真ん中が必要に応じて上下するようになっているのです。

これが上下する理由というのは、基本的には室内の空気容量と高さ関係を変えることによって、音響の特徴を変化させるという役割を果しているわけです。それが舞台の上から観客席にかけて上空に円盤状に天井に取りつけられて、それが上下します。それが下がってくると空気容量が減ってくる、逆に上がると空気容量が増える。それを調節することによって、楽器によって音響の違いが―実際には音響特性としていいもの悪いものというのが出てくるのです。つまりヴァイオリンとか、弦楽器などが中心になったものと、それから打楽器が中心になったもの、ピアノもやや打楽器に近くなっていきますけれども、これは音響特性が微妙に違ったほうがいいのです。この違いをうまく調節するにはどうしたらいいかというのがこれまでの音楽ホ−ルの最大の悩みでして、音響可変装置とか、そういうようなものをいろいろ工夫をしているのですけれども、しかしそういうものが目ざわりになったりして、なかなか決定的なものがいままで生まれていない。そのための試みでもあるし、それに対応する考え方になるのですけれども、天井の円盤を―これは舞台の上の反射盤ですね―反射盤を上下させるということによってエア・ボリュ− ムが変化する、それから反射の角度が変わってくる、そういうことによって室内の音響の特性を変化させようというのが、このホ−ルでいま音響上考えている一番の特徴なのですね。それでその音響の反射盤をさきほどの三本柱で支えているという構造になっている。

音響の問題点というのは、結局は残響の問題ですが、この残響の調節装置というのが、このホ−ルのもうひとつの新しい試みとして特徴になるだろうと思うのです。そしてそれがピアノのとき、打楽器のとき、それから弦楽器のときにそれぞれどう違うかというのは、これはでき上がって精密に音響特性を測定しながら、高さや角度というものを決めていくということを考えていますので、これができれば、全くこれまでの音楽ホ−ルとは違う、変わったものに実際はなるだろうと期待しています。

それから舞台というのは、これは手のひらを広げたときの、ちょうど手のひらの部分に舞台があります。この舞台が真ん中に―真ん中からもちろんちょっと前にずれていますけれども―一応真ん中にあるということは、回りからみんながそれをのぞき込むことができるというタイプで、アリ−ナ形式と呼ばれているものなのですけれども、このアリ−ナタイプをやはりここでも採用することによって―これは劇場のほうと同じ考え方ですが―視距離、つまり観客と舞台との距離感というものをできるだけ小さくしようという、そういう試みですね。それと同時に音楽ホ−ルの場合には音響を豊かなものにするためには、そうい直接響く音だけではなくて、二次的、三次的に反射してきた音が重なり合って聞こえていくという、そういう配慮というのが必要で、その微妙な音の伝達時間のずれが、それが音の豊かさというものに、響きの豊かさというものになっていくわけで、このホ−ルの場合にはこれをとりわけ音響的に重視して考えていこうとしています。



臨場感の楽しさ


観客席は基本的には五つに分かれていて、平土間から傾斜がついて上がっていくところが三グル−プある。その両サイドにバルコニ−席があるということで、結局五本の指のようになっているわけです。それでその五本の指の真ん中の二本のコ−ナ−に柱が立っている、そうい仕組みになっています。

こういう形式をとった理由は、観客席をグル−プ分けしているのですけれども、グル−プ分けすることによって、観客は、舞台も見えるけれども、隣のグル−プの観客もちょっと角度が違うから見えるという、要するにこれがアリ−ナ形式の一番の特徴で、観客と舞台とが共通になって全体が一まとまりになるという、そういう空間のにぎやかさというか、そういうものを感じるためにこれをとりわけ重視したい。

なぜかというと、たとえば「カザルス・ホ−ル」をつくって感じているところなのですけれども、あれは四角い箱のホ−ルなので、真正面だけを見ているわけです。見えるとしたら左右にあるバルコニ−がちょっと見える程度。バルコニ−にいればわりと全貌がよくわかるのですけれども、平土間にいると一方方向だけ見ているものですから、舞台しか見えません。回りの雰囲気が全然感じられないということになる。これは音源―つまり演奏ですね―と観客の一対一の関係というのは確保できるけれども、観客と観客、それから観客と舞台という三角関係は感じられないのですね。だからかえって非常に寂しくなる。

大げさにいえば、その関係を追いつめていくと、音源と聴衆がただ対峙していればいいいのだという考え方になるので、それならばこれは“ウォ−クマン”みたいなものでその関係(距離)を減らして、音源と自分とが一緒に―耳の横に音源があるという、その方向に行きついてしまう。で、目には何も見えないという感じになる。そういうことならば、いまや、そういう一対一の関係があるならば、理論的に“ウォ−クマン”に行きつくわけだから、どういう場所でもいまや技術的に成立し始めたのだ、だから、どこでもいい、ホ−ルに行かなくてもいいではないかということにもなりかねない。

そうするとコンサ−ト・ホ−ルに行って演奏を聴くというのは、一つはもちろん生演奏という問題がありますけれども、生演奏以上に臨場感、その場所にいて、人もいて、きょうは何人入っているというようなこともわかって、そうして音楽を聴いている、そういう臨場性があるから、これは単純に機能的に音楽を聴く以上の空間的な特性というものが感知できる。そして同時にホ−ルのデザインも視覚的にそれに影響を与えていく、そういう関係が二重三重に成立することでホ−ルに行く意味が出てくるというように僕は思うのです。

これがこれまで箱型のものをつくってきながら、そしてそこではかなりいい結果が音響的にも生まれたというふうに自負はしているのですが、さらにここでもう一つその考えを進めたいと思っている理由の一つとして、その臨場性ということがあるのです。規模は中ホ−ルですけれども、それが感知できればやはり行きたくなるとうことになるわけです。それでなければ、うちにあるハイファイで聴いたほうが場合によってはいい音が聴こえるかもしれないわけですね。だけども、そうじゃなくて、もう一つの意味というものを持たせられるホ−ルであるということは、どうもここでは重要だというように感じていて、それであえて手のひらを広げたようなプランをもった形式を採用することにした。

そうすると、先ほどもいいましたように、極端にいうと、ホ−ルの真ん中に柱が三本立っているのですね、これはね。しかもそれは象徴的な柱ですから、人によってはプランを見ると邪魔になるというように思う人もいるかもしれない。だけど、邪魔になるかならないかというぐらいのところであることが気になるわけですから、逆にいうと、この空間の象徴性をそういう柱でもう一ぺん強調することができるだろうと思っているということが一つあります。

それから、そのことから中心の円盤が上下するだけではなくて、その円盤の形体を周りから小さいア−チで支えている―建築用語でいうと「ペンデンティ−フ(pendentif)」 といいますが―その中間に天井にもでき上がっているわけですけれども、そういうペンデンティ−フから照明が出てくるというような、そういうさまざまな、天井なんかでも違った形体が生まれてきて、私としては、これはいままでの経験をもう一つステップさせるものとして考えているわけです。



レコ−ディングとリハ−サル

その次には、騒音がいかに入ってこないようにするかというのが音楽ホ−ルの最大のポイントの一つなのです。それに、外からの雑音が入ってこないということのほかに、空調とか、そういうものから発生するノイズをいかに減らせるかということがその次にやっぱり問題になってきて、これはこれまでやってきたホ−ルの経験からすれば、今回の場合もかなり下げることができる―下げるということは、要するに雑音をカットすることで、これが下がると、レコ−ディングのスタジオに使うということも可能になってくる。

現在のレコ−ディングのスタジオというのは、空間的な残響や反響というようなものは、ライブでない限り、むしろそういうことを全部排除して楽器の音を直接レコ−ディングして、それを組み合わせてレコ−ドやテ−プにしてしまうという傾向になっていて、ホ−ルのもっている響きから生まれてくる音というものがレコ−ディングではあまり重視されてこなかった。ところが、ホ−ルのライブ演奏をレコ−ディングしたものというのがいま見直されてきている。今までのやり方ではどうしても機械的な音になってしまうのに対して、ホ−ルがもっている特徴がいろいろと影響してくる、そういうレコ−ドがふえてきつつあるのですね。で、ライブというのは、なにも観客が拍手したりワイワイいったりというようなライブということではなくて、観客がいなくて、演奏だけやってもいいということなので、やっぱり違ってくるということなのです。そういことができるぐらいの基準をここでは確保したい―つまりこれは遮音性というレベルで考えていて、遮音が完璧にいけば、レコ−ディングもできるし、そうすると響きのあるレコ−ドというのができ上がってくるということになる。これはぜひとも実現させたい目標の一つだとい うことです。

ですから結局、今日みたいにビデオとかレコ−ドとかいうものが発達しちゃうと、特に音楽の場合には演奏会に行かなくてもいいじゃないかというふうになっていく。映画館だって行かなくなってきた。映画館に行かなくなったけれども、やっぱり行った方がいいと思うのは、スクリ−ンの大きさが違うということがありますね。実は音楽の場合というのは、もっとそれがはっきりあって、ホ−ルにいる臨場感が感じられることによって、やはりもう一つ、単純に音を機能的に満足して聴かせるということだけではなくて、三つも四つも次のファクタ−をつけ加えることによって臨場感を生み出す。この感覚がおそらくホ−ルにわざわざ聴きに行くモメント(重要性=moment)の一つだというふうに思いますから、それを感じられるようにホ−ルというのはしなければならない。この点でこのホ−ルは先ほどいいましたように、場合によったらお互いに視線が合うような、観客側をも感じさせるような配置になっていますから、よりいっそうの臨場感が観客の中で感じられると思います。そうしない限り、空間というもののもっている意味というのはないわけですから、そこはぜひともうまく考えていきたいと思っています。

そのほかには、このホ−ルのロビ−は、実は美術館のパ−マネント・コレクションのギャラリ−にもなっているという、二重の意味をもたせている。ですから、休憩時には喫茶室にも行くだろうし、同時にそういうパ−マネント・コレクションがかかっているロビ−で休息もできるという、そういう仕組みをもたせようとしている。

次にもう一つ、全く音響的に音が他に影響を与えないように、完全に浮き床にして、天井も壁も全部、外から切り離した宙に浮いた別な部屋が地下にあるのですが、これが舞台と同じ大きさをもった練習場、リハ−サル室なのです。

それはなぜそういふうにしたかというと、そこで別な音楽の練習をしていても、本体のホ−ルには、音が全然聞こえてこないということを徹底しておこうということなのですが、これまでいろいろなホ−ルの噂を聞くと、遮音が十分でないために本演奏をやっているときに練習の音が聞こえてくるというような、そういうごく初歩的はミスを方々のホ−ルでおかしているということがよく指摘されている。そういう二の舞は踏みたくないというのでそういうリハ−サル室つくったということですね。

さらにリハ−サル室は小さいのが二つ加わっているのですが、一つは録音ができる、レコ−ディングができる部屋です。これは完璧なスタジオの役を果たすというレコ−ディグ室ですね。もう一つは中型の練習室で、将来ここをオ−ケストラが本拠地にするようになったとしても、一応それを賄えるだけの最低限の施設を入れておこうというのが、そういう配置の意味ですね。



世界に誇るオルガン・ホ−ル


最後に、オルガン・ホ−ル(エントランス・ホ−ル)について。これは道路側、広場側、両側からともこの建物に入るときにともかく必ず通過しなければならない、そういうホ−ルなのですが、ここのホ−ルは天井を高くして、いわばヨ−ロッパ教会のようなプロポ−ションをもった部屋になっていて、二階にパイプオルガンが設置されています。

これは2種類の意味をもっているのです。一つはこのホ−ルがエントランス・ホ−ルではあるけれども、場合によってはこれはクロ−ズして、他から切り離して純粋にオルガン・ホ−ルとして使おうというのが一つです。それから、正式のコンサ−トをやっているのではなくても、たとえばヨ−ロッパの教会などに行くと、普段オルガンの練習が行われていたり、ある時間になるとオルガンが演奏されていたりというようなことがありますが、この二つの意味をもった、純粋な演奏会という目的と、それから一種のバックグラウンド・ミュ−ジックのような性格をもたせるようなオルガン音の流れ、この二つをここで考えているというわけです。

その場合になぜここでオルガンをもってきたかという問題がその次にあるのですが、これは常識的にいうと、コンサ−ト・ホ−ルの中にコンサ−ト用オルガンを入れるというのがみんないまのホ−ルの常識になっています。それをあえてやっていない理由というのがありまして、これは一つは残響時間の問題があるのです。パイプオルガンの響きというのは、ヨ−ロッパで教会音楽として発達したということから考えてもわかるように、残響時間の非常に長い教会堂の中で演奏するためにつくられてきたのがこのオルガンの特性なわけですね。

それを具体的にいいますと、残響時間が5秒とか7秒とかいうような、あるいはもっと長い残響時間をもっている教会堂があって、そういうところで響いてくるオルガンが一番オルガンらしいものに見えてくるということが実際に考えられるわけです。ところが、その長さをもったコンサ−ト・ホ−ルというのは、これは音楽ホ−ルとしてはほとんど使いにくい。とりわけ打楽器などを使う曲目では、残響時間が5秒もあったら響き過ぎて、もう全然聞こえないということになって合わないわけです。それで結局どこでも、オルガンの響きを減らして、コンサ−ト・ホ−ルに合わせるというのが妥協の産物としてやられている。それでだんだん、その妥協したオルガンを聴いているとぼろが出る。何となく枯れたというか、音の響きが悪いし、せっかくのオルガンの感じが全然出てこないというのが一般的にいえるわけです。そこでこれをごまかすために電気的にオルガンの音響だけを増幅する装置とか、そういうものも世の中には発明されていて、これを使うということも考えられますけれども、しかしこれは姑息なやり方であって、いかんともしがたい場合はいいけれども、普通あまりとるべき方法ではないというふうに思います。

ですから、やっぱりオルガンにはオルガン専用の部屋が本来演奏会場にあるべきなんで、そうした場合に、コンサ−ト・ホ−ルから追い出して−−追い出してというか、エントランス・ホ−ルが具体的には教会のような形体になっているわけだから、それを徹底してオルガン用の音響特性にしてしまえばいいというのが今回のアイデアなのですね。これは5秒ぐらいの残響時間です。おそらくメインのホ−ルはそれに対して1.6秒とか、それくらいの残響時間になると思います。だから、全く残響の関係が違うわけですね。そしてここで常時−−まあ、常時でなくても、ときどき演奏会がやられる。

もう一つは、人が入ってきてざわめいていると、あまり完全なパフォ−マンスにはならないんですけれども、教会に行ってもぶらぶらしながら来ている人もオルガンをふっと聴いていることもあるし、練習やちょっとしたBGM的な性格を持たせても、このオルガンの場合はいいのではないかというふうにも思っていまして、それであえてここへもってきたということです。この部屋は普段はがやがやすると音が響く部屋になると思いますけれども、これは逆に空間がそれだけ響きのある空間になりますので、違った印象を受けるだろうというふうに思っています。



ホーム 音楽 チケット
施設案内 演劇 友の会

美術 特集記事
「水戸をデザインする」 「美術館への案内」 「劇場への案内」


Copyright 1998 Mito Arts Foundation. All Rights Reserved. Created by TK.
Mail to: webstaff@arttowermito.or.jp