私論コーナー「現代アートを語る」
「ギャラリートーク」
シテ:私がギャラリートーク(以下「GT」という。)をするならば、当然ながら作品に関する論文を読んだり、あるいは、学芸スタッフが用意してくれた資料から知識を仕入れたり、さらに作家と会う機会がある場合には、疑問な点について質問したりして、ある程度の準備をしてからGTに臨むというふうに考えています。この点についてあなたはどう考えていますか。
ワキ:確かに、私も基本的にはそのように準備をするのですが、この場合注意するべき事があると思います。例えば、ある有名な作品についてGTすると想定します。するとほとんどのお客さんは、美術館に置いてある、作品の解説カード的なイメージで、つまりGTをごく分かりやすい作品解説という意味で期待して来場してくるわけです。しかしながら、ここ水戸芸術館現代美術ギャラリーで行っているGTは、そういったものとは異なっていると言えるでしょう。
シテ:どのように違うのでしょうか。特に、GTというものが、分かりやすい解説ではないとしたら、一体どういうものなのでしょうか。
ワキ:まさに、あなたの言ったことについて、我々は常に留意すべきであると思います。例えば、水戸芸術館館長の吉田秀和氏(※1)と大森達次氏(※2)の記述を例に作品の見方について簡単に見てみましょう。セザンヌのよく描いたサント・ヴィクトワール山について、吉田氏は「精神的な重さ」あるいは「集約度の高さ」という言葉を途中で用いながらも、最終的には「ルノワールは過ぎ去っていく時間を見事に捉え、セザンヌの山には永遠の相がある」と説得力のある文章で述べています。一方、大森氏では「幼年の頃から身近にあったこの壮大な山は、彼にとって常に力強い量感を持つ、圧倒的な存在でした」と簡潔に述べられています。言葉の一部を切りとってきただけの引用ですが、ここで述べられていることには大きな差があります。もう一つ例を上げると、大森氏では、晩年のセザンヌの風景画に関し、その色彩を「知覚された自然の色というよりは、内面の感情を表すもののように見える」と述べています。吉田氏は「色たちも、まるで生き物のように、息づいている」あるいは「内面のヴィジョンのこの実現は自分のもつ感覚を媒介とし初めて画面に定着されうる」と述べ、 森氏の文章とは異なった方法で、色を通して絵の本質について語ろうとしていることがわかります。また、感情と感覚という共通項へ両者の認識が到達していることがわかります。
シテ:今述べたことの両方とも、GTの材料としてしまえばよいのではないでしょうか。また、作品の鑑賞は、ひたすら見る側が行うべきであるとする受容の美学を貫くならば、これまでの評論家の言葉にたよる必要はないとも言える筈です。
ワキ:そう簡単な話ではないのです。ある作品が全てにおいて、例えば作者からも独立して存在していて、かつ、作品の評価はまったく自由になされることが前提になっているならば問題が少ないとは思われます。しかし、現実には作家がまさにそこにいたり、これまでに研究がなされたりしていて、意識的にも全く自由な状況で作品を鑑賞すること自体が大変困難なわけです。セザンヌのように多くの作品があり、さらにその作品の変遷がこれほど明らかになっている場合は、われわれは、いわば一つの作品を見る場合にしても、その歴史的な位置付けを意識しないわけにはいかないのです。また、簡単な解説が、実は非常に多くの検証や評価を踏まえて書かれていることが一般的でもあります。このことを考えてみると、解説カードが作品についての情報を簡潔に提示するという機能が第一義であるのに対して、GTはそういった情報をベースとしつつも、もしかしたらカードに書かれた評価と同じ所へたどり着くのかもしれませんが、自らが問いを繰り返した上である作品理解へとたどり着くことを一つの目的としているわけです。
GTの当初の目的は、作品を個人が楽しむことのきっかけ作りのお手伝いでありますが、これまで述べたようなことが条件として存在するということを忘れるわけにはいかないでしょう。
(大和田征宏)
※1 吉田秀和『セザンヌは何を描いたか』 白水社
1988、pp. 48-50、78、87
※2 大森達次『近代絵画の世界』NHKエルミタージュ美術館第3巻
日本放送出版協会、1989、pp. 96-97*本ページの内容は、1999年3月1日発行当時のものです。
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