特 集
cafe168をさがそう(1)
cafe=Communication Access For Everyoneと168=いろは・現代美術のはじめの一歩を掛け合わせて生まれたcafe168は、現代美術センターボランティア(旧称美術教育ボランティア)の愛称であり、私たちの活動のモットーである。主体性、自発性を持つ誰もが自由に参加できる開かれた場とは何か?どのようにその場を実現するか?ボランティア内の議論は今も続いている。
しかしながら、cafe168の理念は決して目新しいものではない。開館記念式典において吉田秀和館長が述べた「どこの誰に対しても、胸襟を開いた存在にならなければいけない」という考えは、水戸芸術館の日々の活動にこそ貫かれているはずだ。まずは、各部門がどのような努力をしているかを知り、そこにあなたのcafe168をさがしてみよう。
■音楽部門:全ての人々に開かれた場としてcafe168から「市民を対象とした活動の名称と活動状況」についての質問が寄せられ、「市民とのつながりを求めた活動を紹介させて頂きたい」という要請があったことに対し、少なからぬ衝撃を受けています。なぜなら、この質問からは、水戸芸術館には、「市民を対象とした活動」と「市民を対象としていない活動」の2種類が存在する、というニュアンスがくみ取れるからです。もし、水戸芸術館が行っている活動がそのように色分けされるものとして認識されているならば、これは大きな問題でしょう。水戸芸術館の活動は、「市民」はもちろん、あらゆる人々を対象とし、あらゆる人々とのつながりを求めているものであるはずだからです。もちろん、音楽部門の企画もそうです。たしかに、アクセスの仕方は、「コンサートを聴く」「演奏者として舞台に立つ」「ワークショップに参加する」など、人々の興味に応じたさまざまな形態があります。しかし、音楽部門における「市民を対象とした活動」が何か、と問われるならば、すべての活動がそうである、と答えるしかありませんし、また、そうあらねばなりません。
VIVO
cafe168からの質問は、むしろ水戸芸術館におけるプレゼンテーションの問題を鋭く突きます。冒頭のような問いが発せられること自体、水戸芸術館の企画が閉じられた印象を与えていることの証左にほかならない、と認識しています。つまり、すべての人々に開かれた場であるべき水戸芸術館は、その認識を多くの人々と分かち合うことに失敗しているということです。企画・広報共々私たちに決定的に欠落している感覚は何か、今後ますます厳しい問いかけが必要となります。(水戸芸術館音楽部門学芸員 矢沢孝樹)
*本ページの内容は、1998年3月31日発行当時のものです。
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本ページweb版「168」は、水戸芸術館現代美術センターボランティアと水戸芸術館webstaffとの共同作業により完成しました。本ページに関するお問い合わせも、水戸芸術館webstaffが承ります。
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