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"cafe168"準備開始(1)


企画展開催期間のギャラリー・トークや、本誌「168」の発行を続けてきた水戸芸術館現代美術センター「美術教育ボランティア」が、4月より"cafe168"というシステムに移行します。cafe168とは、"Communication Access For Everyone"の略で、従来のギャラリー・トークや「168」の発行をはじめとする、美術教育ボランティアが続けてきた活動をもっと多くの人々が関われるようなシステムを目指すものです。その美術教育ボランティアが名称を変更し、"cafe168"となりました。読者の中には、cafe168って実際にはどのようなモノなのか、実際にはどのようにしたら関われるのか、さまざまな疑問があるかと思います。とは言っても、現在は準備段階。そこで今号は「cafe168が目指すもの(イメージ)とは何か」「これからのcafe168での活動はどのようなものを想像しているのか」といった視点から特集を組んでみました。


「ボランティア」からの脱却

 もう、かれこれ二年前のことになる。会社の帰りに本屋で立ち読みをしていた際、誌名は失念したが、次のような文章が載っていた。『英語では"Thank you."という相手の言葉に対して、"You're welcome."...「あなたのためにしてあげた」的な「どういたしまして」とは別に、"My Pleasure."...「自分が好きでしたことだから感謝してもらわなくても構わないさ」的な「どういたしまして」という表現が独立して存在する。』

 この文章は、当時の私たちの活動である「美術教育ボランティア」を象徴する表現ではないかと思った。それは、阪神大震災・日本海沖重油漏れ事故を経験した日本で「ボランティア」という言葉が流行し、彼らの活動と同じように「ボランティア」と呼ばれながらも、その言葉(と意味)に疑問を持ち続けてきた私たちを納得させた一文であった。

 本誌の読者はご存じの通り、「美術教育ボランティア」は水戸芸術館現代美術センターのボランティア組織であり、ギャラリー・トークを中心とした「観客と作家・美術館の接点」となる活動を'93年より続けてきた。この間、本誌「168(いろは)」の発行やインターネット上にWWWページの作成、Eメールを活用した現代美術ファン倶楽部の運営など、ここ独自の活動はボランティアメンバーが「自発的に」始め、現代美術センターがサポートしてきた。このような活動を今も続けているメンバーの気持ちの中では、災害ボランティアと同様に括られる「ボランティア」という言葉に抵抗がある。その抵抗が何かを指し示しているのが、先の文章の『"You'rewelcome."...「あなたのためにしてあげた」的な「どういたしまして」と、"MyPleasure."...「自分が好きでしたことだから感謝してもらわなくても構わないさ」的な「どういたしまして」』との違いであった(もちろん、私たち美術教育ボランティアの活動は"MyPleasure"な活動である)。

 私たちは"MyPleasure"な活動をより明確にするため、今年の4月より「美術教育ボランティア」から「cafe168(カフェ168)」に名称を変更し、「ボランティア」という言葉を捨てる。ここで「ボランティア」という言葉について改めて考え、私たちが目指す「cafe168」とは何かを示していきたい。

■「ボランティア」という言葉

 言葉は時代を経ることで淘汰されていく。それと同時に言葉の意味も淘汰され、変化していく。ここで「ボランティア」のという言葉の意味を考えてみよう(なお、私は言語学者ではないため少し独断が入るが、その点は許して頂きたい)。

 "volunteer"を英和辞書で引くと『【名】志願者、奉仕者、有志者【動】自発的に申し出る、志願する、自発的に行なう』と記載されており、国語辞典では『志願者、篤志家、奉仕者、自ら進んで社会事業などに参加する人』と記載されている。この例によると、英語での意味をみてみると「自発的」というニュアンスが非常に強い。これは"I"を主張する欧米文化の現われでもあろう。これに対し、日本語に訳されたときには「篤志・奉仕」のニュアンスが強く押し出されたようだ。これは「控え目が美徳(=奉仕者)」「お国のために命を懸ける(=志願する)」という旧来の日本文化(生きる美学・死ぬ美学)に淘汰された証ではないだろうか。そしてその名残も消えないうち、アメリカで'50年代に広まった「近代的ボランティア活動」が現在の「ボランティア活動=奉仕活動」という言葉のイメージを不動なものにしたのであろう。

 では、現在の日本でなぜ、ボランティア活動がこんなに活発なのだろうか。災害の生み落とした、社会流行のひとつに過ぎないのだろうか。宗教が隣人愛を唱え、隣人愛がボランティア精神を産んだ欧米と違い、特定宗教への信仰心が薄いといわれる日本人が共感するとは考えにくい。まして、戦後の高度成長期に税金で作られた街の中で生きてきた人間に、街を作り出す開拓者精神は求められていない。それではここまでボランティアが広まった理由を考えていきたい。

■ボランティアと「日本人気質」

 日本人には「困ったときはお互いさま」という、昔から潜在していた気質(価値観)が存在している。これは年輩の方だけではなく、若い方にも潜在しているようである(事実、災害ボランティアに参加した学生が非常に多かったことから明かであろう)。この潜在気質が災害における悲惨な現場をメディアを通して認識することで「神戸に行かなければ」「日本海を救わなければ」という気持ちが誘起されたのではないかと考える。そして災害現場にたくさん集まったボランティアの人々は、「困ったときはお互いさま」という気質を礎とした活動を実践したという事実に他ならないのではないか。また、マスコミのインタビューに「被災者の方からありがとうという言葉を聞くと、また頑張ろうという気持ちになるんです」と多くの方が答えてしまう事実からも窺える。

 さらに、このような日本人気質の背景には「(相手から)有り難く思われたい」と思う部分が心のどこかに存在するためとも考えられる。小さい頃に「尊敬されるような人になりなさい」と、親や学校の先生から教育を受けた人も多いことと思う。この教えはまさに「(相手に)有り難く思われたい(=ならば、有り難く思われることをする)」という、欲望を満たす構図が見えかくれする。ここが私たちが活動してきた「美術教育ボランティア」と大きな隔たりを感じる部分と考える。自分たちが現在まで活動を続けてきた理由は「自分のための活動」であり「自分の好きなこと」だから続けているのである。このような活動理由があるため、長い間活動に参加できるのであろう。

 私たちは「ボランティア=困ったときはお互いさま」という奉仕活動のイメージが払拭しない限り、私たちは「ボランティア」と呼ばれることに抵抗を感じ続けていくのであろう。

*本ページの内容は、1997年3月31日発行当時のものです。



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