特 集
こころの領域
1990年代の韓国美術(1)
1995年7月29日から10月10日まで、水戸芸術館現代美術ギャラリー現代の韓国人作家5人を紹介する展覧会が開かれました。韓国独自の問題・韓国に限らない普遍的な問題、その両方を提示した展覧会でした。
私にとって、韓国は近くて遠い国です。近代の日本がこの国に残した深い傷跡は癒えることなく、戦後生まれの私の前にも歴史が生んでしまった溝が横たわっています。日本が歩んできた近代の道のりを振り返る機会が多いこの頃ですが、この韓国の現代美術展においても、近代の歴史を考えずにはいられません。複雑な日韓関係を反映した重い作品を予想していた私を最初に迎えたのは、洪性都の不思議に軽やかな作品でした。彼は自動車を美しく解体します。それは静けさをもたたえています。「近代」がもたらした新しいものを観察して、それが自分とどう関わっているのかを理解しようとしているように思えます。他の作家たちにも、肯定や否定の次元を超えて、冷静に「近代」を観察し、「近代」と対話しようとする姿勢が感じられるのです。
歴史の重みに圧倒されて自分の位置を見失いそうな今、韓国の作家たちの冷静な姿勢に勇気づけられる気がします。自分との対話なしに歴史を語ることはできません。そして、その対話は「こころの領域」で交わされるのです。(下山田)
■ホン・スンドBMWのM3の車体が天井に逆さ吊りにされている。贅沢な展示ではないか。ワックスの良く効いた光沢ある白色のボディー、事故車でもないのにレッカー車で使用されるチェーンで吊るされている。そのようなBMWに、私はみじめさと安堵感といった複雑な気持ちを覚えてしまった。なぜなら、それが町人の面前で手足を縛られて引き回される咎人(とがにん:時代劇の捕物帳によく出てくる罪人)のようにも、ハンモックの中で安らかに眠る人の姿のようにも見えてきたからだ。また、銀色に輝くステンレス・ワイヤーは噴水の噴き出し水が描く放物線のようだ。そのせいか、飛び散ったエンジン、トランスミッション、ダッシュボード、シート等の自動車関連部品が展示空間を軽やかでリズミカルな雰囲気にさせているようだ。
ホン・スンド「タイムトラベル」1995年 撮影:安齋重男(c)
ホン・スンドは他の韓国人同様、戦後50年の韓国経済の急激な発展の中で、西洋の生活様式とかを旺盛に享受した世代である。その背景には、韓国の国家的・企業的な社会システムが西洋そのものの構造に変化してしまった結果、欧米先進国、日本に肉薄する程の物質的に豊かな社会を実現していったことが上げられる。
彼は、戦後韓国社会に定着した西欧化の象徴ともいえる自動車という物(外車)をとおして、韓国伝統の儒教を反映した社会システムとか個人の生活態度にどのようにかかわってきたかを検証しているように思える。彼自身、自動車社会(モーターリゼーション)が韓国社会全体にもたらした利便性、快適性、距離・時間の短縮感、ステイタスとしての優越感を否定しているわけではない。近代的先進国の証として、社会全体の繁栄とか個人の生活レベルの向上とかを可能にした西洋化の導入が、必要であったことを説いているように思える。その反面、自動車社会によって、新たに利害の対立する人間関係が生まれていったことも私達に思い起こさせているのかもしれない。例えば、偶然な自動車事故によって被害者と加害者といった損害賠償上の債権者と債務者が生まれてしまうような関係だ。 (奥野)
*本ページの内容は、1995年11月1日発行当時のものです。
[続きを読む] [Vol.5 CONTENTSへ]
[168 トップページへ] [ボランティア トップページへ] [ファン倶楽部ページへ]
[現代美術センターへ] [水戸芸術館トップページへ]
本ページweb版「168」は、水戸芸術館現代美術センターボランティアと水戸芸術館webstaffとの共同作業により完成しました。本ページに関するお問い合わせも、水戸芸術館webstaffが承ります。
Copyright ©1999 ART TOWER MITO. All Rights Reserved.
Mail to: webstaff@arttowermito.or.jp