緊急特集
阪神大震災とアート(1)
去る1月17日、阪神・淡路地区が震度7と言う大地震に見舞われました。
直接大震災を経験され、生活をされている関西の作家の方々にとってこの大地震は一体どう言うことなのでしょうか。アートは豊さの中でしか生きることが出来ないのか、聞き及ぶ悲惨さの中でどの様に関わることが出来るのか、どのような可能性があるのか、について尋ねました。このことは今、アートを見つめ直し、考えてみたい、避けて通れない問題ではないかと考えたからです。
■ 島袋 道浩1969年生れ 神戸市在住本年2月水戸芸術館「ジョン・ケージ展」・オーディトリウムで「フェイスさん」のパフォーマンス
『地震直後は、前に展覧会で水を大量に運んだことがあったので、20リットルのポリタンクがたくさんあり、近所の人達に喜んでもらえた。昨年の展覧会で喫茶店をやったばかりだったので、友達とコーヒーを配ったりすることができた。展覧会が予行演習になった。自分のやっていることも役に立つなと実感した。
その後、長田の焼けてしまった所でコーヒーを無料で配っている元気なおばさんに出会い、看板が無かったので、友達と一緒に看板を作った。おばさんはとても喜んでくれた。僕自身、色の無い世界に色が少しでも戻るのは、気持ちがよかった。色はスゴイと実感した。通りがかる人達も「きれいやな」と言ってくれた。まだ避難所にいるおっちゃんが「うちもプレハブが建ったら、こんなん描いてくれるか?なんぼや?」と聞いて来た。うれしかった。衣食住が満たされていなくても、色やデザインされた文字を見て心がピクンとする人がここには確実にいる。
それ以来、長田で看板を描いたりマッチやビラのデザインをしたりしている。ガレキの中でパネルを組んで絵の具を塗っていると、ガレキ撤去をしているおっちゃんが「兄ちゃん、仕事無いんやったら、トラック乗るか?日当1万2千円や。」と親切に言ってくれる。僕は笑って「僕は美術家や。これが僕の仕事や。」と言う。はっきりと自分のことを美術家だと言うことは、今までなかったように思う。言う必要もなかったし、自分が美術家かどうかなんてどうでもいいことだった。けれど今は、はっきりとそう言わないと自分の存在が危うくなる空気もここにはある。
地震直後にあった人間のやさしさ、強さ、助け合う姿は忘れられない。ある面で僕は地震に嫉妬している。人を殺したり、街を壊すことなしにまたあんな状況が作れないものか、と考えている。とりあえず、地震がもたらしたよいこと、新しい人との出会いなどは大切にしていきたいと思う。前よりもずっと素敵な神戸になればと思う。やさしく強く人間らしい街。僕は「地震の時はよかった」となつかしそうに話すジジイにはなりたくない。地震を起こったものとして、ポジティブにとらえていこうと思う。今、神戸は飛躍のチャンス。人間性回復のチャンスと思う。('95.4.7記)』

ガレキの中では「色」の持つ力が実感された。カラフルな看板一つで人々の心もなごむ。
(写真提供:島袋道浩氏)
島袋氏は、いかに様々な境界を越えていくのか、本当の明るさを求めるのか、生きていくのかを問い続けるパフォーマンスをされています。今を生きている私達の周りにはモノが溢れ、色が溢れ過ぎていると常日頃思っていますのに「色の無い世界」がどんな世界なのかとまどってしまいなした。TEL取材に応じてくださったダムタイプのダンサー砂山典子さん(京都在住)も神戸に行って「ガレキの中に勇気、希望、友達など色で字が描いてあって、意味より色が大切なんだと感じた」と言われました。華やかな色の洋服で出かけ「長田に行って、私は色になろうと思う」と言われた方もありました。 (服部)
■濱地 靖彦
1970年生れ 大阪府在住本年2月水戸芸術館「ジョン・ケージ展」に於いて「ログズ ギャラリークルージング クラブ」で中瀬氏とパフォーマンス
『どんなかたちであれ、良くも悪くも評価の対象とならない(反応がない)限り、アートが生きているとは言えないと思います。また評価というものは、当然これ一つと決まっているわけではなく、それぞれの時代・社会・個人差などの様々により、違ってくるものです。何をもってアートとするかによりますが、どのような社会にも何らかのアートは存在すると思います。('95.4.10記)』
■中瀬 由央
1971年生れ 大阪市在住本年2月水戸芸術館「ジョン・ケージ展」に於いて「ログズ ギャラリークルージング クラブ」で濱地氏とパフォーマンス「ユニバーサル・エラーズ」のバンドメンバー
『あなたは震災後の神戸を自身の目で見たのでしょうか。神戸市長田区の焼野原も、西宮の倒壊家屋も、ことばやTVの画面からでは伝えられない程の迫力と緊張感、そしてにおいがあります。この様な中でアートにどの様な可能性がと問われても、今、答えなんか出やしないし、誰にも答えられないと思います。あえて言うとすれば、これはアートに限った話ではありませんが、作家(作品でもよい)自身に生き続けようという意志があれば、周りの状況(豊かであるとか悲惨であるとか、この場合は地震)とは関わりなく存在するものだ、と考えます。('95.4.10記)』
*本ページの内容は、1995年6月1日発行当時のものです。